リレーコラム 私の考える「『生きる力』をはぐくむ」とは?

第13回
社団法人アーダコーダ代表理事
川辺洋平さん

「お金の稼ぎ方、社会のルール、命の守り方」

はじめまして、川辺洋平といいます。
神奈川県逗子市の放課後自然教室を中心に、
幼稚園から小学校の子どもたちと一緒に哲学対話をする
「アーダコーダ」という社団法人の代表をしています。

生きる力、という言葉を知った最初の衝撃を、僕はまだ覚えています。
生きる力」を初めて聞いた時、僕は東京学芸大学の教育学部の学生でした。

小学校の先生になるための勉強をする学科に所属していて、
これからは「生きる力」が大切だときいて、笑ったのを覚えています。
生きる力がない人は、どうやって生きてるんですか?」
と10代後半の僕は、素朴な疑問を抱きました。

僕たちのことを「生きる力がない」と思っているから、
そんな言葉を平気で使ってしまうんじゃないのかな、
と思い、ひどく反発した記憶があります。

でも、よく考えたら、生きる力を「育む」ことは、
生きる力を「与える」ことではないですね。

生きる力そのものは、人間の中にあり、
それを育みましょうと言っているわけです。
とてもいいこと、なのではないでしょうか。
さすが中央教育審議会、なのかもしれません。

私にとっての生きる力を育むとは何か。
あとは、生きる力が具体的になんなのか特定できれば、
僕にとっての生きる力を育むということが定義できそうです。
これまで考えたことがなかったので、考えてみました。

まず、原始時代だったら、生きる力はなんだろうと考えました。
狩りのしかた、村のルール、命の守り方、がわかればいいでしょうか。

では、現代における、生きる力とは、私なりに再定義すると何になるでしょうか。
お金の稼ぎ方、社会のルール、命の守り方。かなと思います。

だから、僕にとって、生きる力を育むということは、
「生活できるだけの稼ぎがあり、社会の中でトラブルを起こさず、
怪我や病気を克服して暮らすことができる人間に育ててもらう」
ということなのかなと思います。

自分の生活費を稼ぐということは、
どういう努力をすれば達成されるのでしょうか。
稼ぎ方は何通りくらいあるのでしょうか?
どれくらい稼げばよいのでしょうか?

また、私たちは、社会のルールをどうやって理解するのでしょうか。
年上の人の言うことは絶対聞かなくてはいけないのでしょうか?
もしも教えてもらったルールが、他の人のルールと違ったら?
あるいはルールが古すぎて、意味をなさない場合どうしましょう?
社会のルールって、誰が、どうやって決めているんでしょうか?

そして命の守り方です。
怪我や病気については、インターネットにも情報が氾濫しています。
西洋医学、東洋医学、民間治療、正しい知識は、どこにあるのでしょうか?
出血していないし、入院するほどの病気でもないけれど、心が、身体が、
想い通りにならないときは、誰に相談したらいいのでしょう?

もっともっと興味深いのは、「生きる力」の定義が、
人それぞれ、違うのではないかという疑問です。
生きるために必要だと思う力は、それぞれの環境や、
身体的特徴、家庭の状況によるのではないかと思います。
僕の定義も、けして正解ではないですね。

こうした、正解のないことについて意見を交わし合うのが「哲学対話」です。
哲学対話は、正しい答えが無いことを前提に話し合いをするプログラムです。
ちょうど、ディベートの対極にあるというようなイメージが近いでしょうか。

僕も、子どもたちも、学校の先生も知らない「生きる力」について、
一緒になって話し合い、「生きる力を育てる」ために何ができるかを、
日々暮らしの中でお互いが実践することができると素晴らしいですね。

【今回の執筆者】
社団法人アーダコーダ 代表理事 川辺洋平さん

ライスワークは イラストレーター兼 コンテンツプロデューサー。
親子のために活動する人々を紹介するWEBマガジン “OYAZINE” 発行。
アウトドアWEBコミュニティURABUS編集長。
世界経済フォーラム(WEF)グローバルシェーパーズ選出(2012)。
http://ardacoda.com/

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富岡 麻美

富岡 麻美

1975年、愛知県生まれ。フリーランスライター。2児の母。大手企業数社でのアシスタント、秘書を経て結婚。海と山に近いまちで、子育てをしながらライフワークであるライティングおよび各種NPOの活動に従事。子どもの誕生がきっかけで幼児教育に興味を持ち、独学で学ぶ。様々な教育法を取り入れながらも独自のスタイルで、勝手気ままな育児の真っ最中。2012年より「NPO法人いきはぐ」ライターとして活動。